ひとりがあつまって、みんなになる

福岡のイラスト作家あべしほのブログです。

迷っているじぶんと出会うとき。迷ってるんだと、思うとき。

迷いがある。わたしにも、あなたにも。

迷いがあるまま、進んでもいいんだ。


昨日はいろんな方の似顔絵を描かせていただきました。いろいろと描いていますが、似顔絵はまだまだ、修業中といったところです。

昨日、以前からの友人の似顔絵を描いていたとき。色を塗るためにペンを選んでいました。知っている人を描くのは簡単なようで、意外と難しいです。自分の中のイメージと、実物が必ずしも同じとは限らないから。

あーでもないこーでもないと色を選んでたら、まぁ見た目はただテキパキとペンを取り出してるような感じだったと思うんだけど、友人が一言

「迷ってるねぇ〜」

あっばれてる(笑)
と思いながら、

「迷ってますよ〜〜〜(笑)」

と答えました。

わたし、迷ってるんだ(笑)
このとき、新感覚が訪れました。

迷っても、それでいい、ということです。


迷いなく進むばかり、じゃないよね

迷いなく線を描き、迷いなく色を置けたら、それは素晴らしいでしょう。なんか降りてきたときとか、たまにはあるかもしれない。絵を描くときに、最初からバッチリ、思い通りの絵が描けるときもたしかにあるし、そういう絵はきまってよく描ける。

でも、そんなことばかりが続くだろうか?

実際は、迷いながら、探りながら描くことのほうが多いのです。

f:id:abesanlife:20160725235247j:image

そうやって、自分にとって正しい線を選んで行けるようになる。つまりは、いま、場数を踏んでいるのです


本当にやりたいこと、本当に好きなこと。だから、迷いなくまっすぐいく…。これはすごいことです。

実際は、本当に好きで、やりたいことでも、やっぱり迷ったり困ったりするんです。

それが、普通だから。迷っていい。間違っていい。失敗していい。

一歩ずつ、描きたい線に近づいているから。
それでいいんだ。
自信のないまま、行こう。

こんな予定じゃなかったけど、でもこれでよかった。という結果のつくりかた。

瞑想をして、色ぬりをしてみました。

この色が自然だよね、という色を選ぶ

わたしはパステルで絵を描きます。
パステルは全部で72色持っています……

だいたい、使う色は決まってて、で、こんな絵にはこんな色だな、っていうのも決まってて。

でも、ここは、ゆだねてみよう。と、思いまして
パステルの上に、オラクルカードを選ぶように、ゆったりと手を漂わせて
選んでは乗せて、選んでは乗せて。

出来上がりはこんな感じ

f:id:abesanlife:20160724102407j:image

すごく、らくだなー
と思いました。

最初はピンク系で塗るつもりだったし、そのあとは青がいいなー、と思いました。でも、手が選んだのはみどり系でした。

出来上がった絵には、みどりかぁ〜〜というちょっとしてた驚きがあって、でもこれはこんな色だよね。っていう感想を持ちました。

最近、絵を"自分で"描いている感じが強かった。たしかに自分で描くんだけど…そこに置かれる色とか、天使ちゃんの表情とかは、もう決まってて、受け取る人にとっていちばんいい色になるもの、をただ、"選ぶ"。





これに、パートナーが文字を書くようです。

光の瞑想~~すでに知っていることを、思い出すだけ・・・・

アートレッスンという名の、至福の時間を過ごしました。

 

Facebookでたまたま見かけた、八坂圭さんのアートレッスン。Facebookを拝見していると、描かれているアートがとってもきれいなので、お会いしてみたくて、そしてなんかきれいなのが描けたらいいなと思って参加しました。

 

内容は…なんかもう、言葉では言い表せないので、わたしが感じたことだけ書きます。

 

 

すでに、わたしたちは、知っている。

最近わたしは考えがまとまらないことが多く、もんもんとしていました。

腰を痛めたのもあり、わりと自責傾向で、なにがいけなかったのかなー、どうしたらいいかなー、なんて考えていました。

 

じぶんの頭の中だけで、ぐるぐるしている感じです。

 

まぁそれはわかってはいたんだけど、でも自分ではどうしようもなかった。

思考を止めることもできないし、かといって深く考え込むのもきついし。

 

そんななか、ふらりとやってきたアートレッスンで、なんと瞑想をしました。

アートレッスン中に瞑想!

 

 

八坂氏の誘導に乗って、わたしは光の存在となり(展開速すぎ御免w)、まっしろな空間で思うように絵を描いた。それは、自分自身に宿っている魂が描く芸術。

 

わたしは、まず空間を空色に塗り、そして虹を描いた。

そこから根が生えて、そして上には葉っぱが生い茂った。どんどん、成長した、大きな、樹。

果物が成り、動物が住み、こどもが遊ぶ。そんな大きな樹を描いたのです。

 

 

 

瞑想中のわたしの筆は、迷うことはなかった。

わたしたちは、本当はどうしたらいいか、知っているのです。ただ、それを思い出せないだけ。。。

 

 

日常に、光と繋がる瞑想の時間を持つこと

毎日を淡々と過ごしていると、この光と繋がる感覚は使われなくて弱ってしまいます。だから、毎日ちょっとだけ、心を静かにして、”本当は知っている”ということを思い出すことが必要なようです。

 

明日から、ちょっとだけ瞑想の時間をつくります。

 

 

ステキ体験はまだまだあるのだけど

言葉で表すことができないので、興味のある方はぜひ、次回参加してみてください。

 

f:id:abesanlife:20160723232704j:plain

左がわたしが描いたので、右の小さいのが、絵を描く前に目をつぶって選んでかくしておいたカード。

なんと、そっくりでした………

(ほんとはもっと鮮やかなかんじなんだよ!)

 

 

自分でいうのもアレですけど…たぶん、上のほうと繋がるの得意な気がするんですよね。ただ、しょっちゅう自分の体を過信して、自分の頭で考えすぎる…

 

もっと、信頼していこーーーっと。

言えないので、溜めちゃって、腰痛くするのまで自分…

腰痛のまま、仕事に行ってみた。

言えないことを、責めない

わたしは言えないひとです。

言えないから、絵を描くのであって
言えないから、文字を綴るのであって。

言えない、それも入れて、わたし。なんだな〜〜

腰がいたいのは、いろいろ言えないとか、いろいろ抱えてるとか、思うんですけど


それも含めて、あべしほだーー!!!!


と思った。


思ったこと言えなくて、うーん、やだなぁ、どうしよう。。。ってなって、お腹が痛くなったり腰が痛くなったりするのが、ひとつの流れ。


だからなんか、もう諦めですね。
腰は、治らんでしょうね( ^ω^ )



ええ、そうでしょうね。



これからもいろんなマッサージ屋さんをぶらぶらして、いろんな整体師さんとの出会いを楽しみに生きていきます!

と、謎の宣言をします。ねむーいw

腰が痛くて何もできないときに、まずやるべきこと

原因を探るのではなく、それでもOKと言い続けるのだ!

腰が痛いのでなにもできないわたしがやるべきたったひとつのこと


あれがダメだったのか、これが原因かと、過去をうじゃうじゃ言う…のもそりゃ大事です。でも一旦、置いといて。

まず、やらないといけなかったのは、こんななーんもできないわたしでもいいやー。と受け入れることだなぁ、と。


いやぁ、最悪ですよ。絵も描けないし。腰痛すぎて。起きれないし。横になってたら永遠に寝てるし。昨日12時間以上寝たし。今日も仕事休んだし。

なんもかんも時間かかるし。今日はやっと、シャワー浴びれました。でも短縮バージョンです。何を短縮したかって?それは内緒です。


そんななかでも、なんかできることはないか、なんて思ってました。本でも読もうか、とか、ちょっと動けるようになったら、片付けしなきゃ、とか。


そーじゃないな、と。


なにもしない、をする時間だと。


(って、ブログ書いちゃってるけど☆)


でも、ブログ書くのも、なんもしなくていーやー、と思えたから、なんか逆に書きたくなった。いま椅子にすわってるのも腰いたいんだけど、絵描いちゃう。なんかしちゃう。


ちょっと休んだくらいで、ちょっと止まったくらいで、あなた専用の夢はどっか行ったりしない


って、信じられる?

わたしはまだたまに、焦るときがあるけど…
でも、全部タイミングよく運ぶから、焦る必要なんかなくて、とにかく、いまやるべきことを、やるしかないからさー。


わたしは、腰を治すー(・3・)
f:id:abesanlife:20160720163732j:image
さいきん触ってないパステルくんに応援される、ぎっくりあべさん(笑)

ぎっくり腰で感じたからだのがんばり。

ひどいぎっくり腰になってしまいました…


強制的に、なにもできないじぶんになってしまった


あれもこれもしないといけないなぁと思いながら、軽い腰痛を抱えてなんとかしてました。しかし、ここにきて本格的になにもできなくなりました…


過去、ひどいぎっくり腰には3回くらいなってています。起きれないし、トイレにも這って行くしかなくて、辛いんですけど

なんか、やりたいこととかやらないといけないことをできないのが一番辛いんですよねー。

仕事もできない。ご飯作れない。掃除できない。
落ちたゴミを拾うのも一苦労。



情けないなー…と思ってたら、悔しくて涙が出てきました。
どうして、こんなにうまく動いてくれないんだろう。わたしのからだ。わたしのからだなのに…


そのとき、ふと、評価されてない!っていう言葉が浮かびました。


ひとから評価されてないと思うとき。
それは、じぶんがじぶんを評価してないから。

じぶんは十分、やっている。がんばっている。って認めてあげること。これをしないことには、ひとから認めてもらうことはできません。だって、じぶんでじぶんを、まだまだ不十分だと思っているのだから。


腰が痛くて、思ったようにできなくて、でもからだは本当は、がんばってたのかもしれないなぁ。

ことしの夏、わたしはいつも飲まないアイスコーヒーをたくさん飲んでました。たくさんといっても1日1杯ですよ。それでも、いままでに比べたら十分、多いんですが。

毎日暑いし、がんばって仕事行ってるんだから、一杯くらい…って飲んでた、それがからだを冷やして、お腹を冷やして、腰を痛める原因になってたようです。

冬は寒いからあったかくする。冷えない対策をとる。
でも夏は暑いから、むやみやたらに冷やしてしまったみたい。




腰の痛みも、からだ全体からみたら、バランスをとろうとしてくれてたんですね…。
それを思うと、情けないと思った自分が情けなくて、からだにごめんね、って言いたくなりました。。

そして、からだは動かなくてもこうして指先は動いて(フリックて書いてます)、ブログは書けている。それに感謝したくなりました。ありがとう。。。


痛みが治ったら、夏でもできる冷え対策をとったり、ぎっくり腰にならないようにするストレッチとかトレーニングとか、調べたいと思います。

で、いままで以上にからだを丁寧に扱おうって思います。

高いところからの景色を見よう。にんげんが生きている様子を見よう。

高いところからの景色を見よう。人間が生きている様子を見よう。

 

旅行嫌いな絵描きは地元密着型温泉が好きである

 

昨日今日と熊本に遊びに行っていて、帰りは下道を通って草枕温泉に行ってみました。

雲仙普賢岳が見えました!!

f:id:abesanlife:20160717222035j:plain

高いところからの景色を見ていると、ちょっと、気分がかわります。

思考の次元があがる、とか言いますね。

 

いつもじぶんのことばっかり考えてるけど、高いところからの景色を見ると、もっと大きなことを考えたくなる。

 

 

 

上から見下ろすと、ひとが生活をしている様子がよく見えます。

 

家を建ててそこに住んで。

田んぼや畑を作って食べ物をつくって。

道を作り、橋を作り。

車に乗ったり、歩いたりして出かけて。

村を作り、街を作り。

集まって、助け合って、生きている。

 

そんな にんげん のことを、愛おしいなぁと思うんです。

 

 

 

だいすきなあのひとも、そんな にんげん のなかのひとり。

だいきらいなあのひとも、 にんげん のなかのひとり。

 

どんなひとでも、この土地のどこかで生活をしていて

誰かを助けて、誰かに助けられて、生きている。

f:id:abesanlife:20160717222244j:plain

そんなことを考えていると、いろんなひとびとがいるこの世界がすごくかわいく感じて

 

もっと、いい場所になったらいいなーーーと、思うのでした。

 

草枕温泉てんすい、は、お湯の温度がちょうどよくて

いつまでも入っていられるような、きもちいとこでしたーーー!

 

また行きたいなあ!(^^)!